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遠藤ミチロウ メッセージ

2011・3・11、それは戦争が始まった日です。

地震、津波による災害はまるで「東京大空襲」のような、そして福島原発事故は広島、長崎に落とされた「原爆」です。1945・8・15、大空襲や原爆による甚大な尊い命の犠牲によっ て、第二次世界大戦は終結したのに、震災の3・11には、大戦の終わりの様な出来事によって、新しい戦争が始まったのです。

自然界の悪魔のごとき本性である天災に対しては、いかに人間が無力であるかを痛切に感じざるを得ません。私達に出来るのは、亡くなった人々の冥福を祈り、被災地の速やかな復興と被災された人達の生活と心の回復を全力をあげて支援することです。

しかし、人間の科学に対する盲信と傲慢さが引き起こした原発事故。これは明らかに人災です。大戦後、二度とこのような過ちは犯しませんと自戒した日本人が、必死の想いで築き上げた平和と繁栄はもろくも崩れ落ちました。世界で唯一の被爆国である日本人が、こともあろうに今度は自ら自分自身に原爆を落としたのです。そしてこれは終わりの見えない絶望的な戦争の始まりです。収束のつかない"FUKUSHIMA" は、人間の未来に対する戦宣布告になってしまいました。

放射能の被害から、故郷を奪われ、故郷を追われて避難を余儀なくされた人々は、二度と再び帰ることが出来ないかもしれない戦争難民になってしまったのです。そして圏外にもかかわらず、放射能の恐怖に怯えながら、避難したくても仕事を手放しては生活の目処がたたないため、不安な日々を過ごしてる人々。FUKUSHIMAは姿の見えない厄介な敵の攻撃から、生活を奪われ、脅かされる戦場になってしまいました。

しかし、私達に公表される情報はまるで大戦中の大本営発表のごとく、 嘘と作為に満ちたものばかりです。何を信じていいのかわからず、風評被害は新たな差別も生み出しています。避難した子供達が転校先の学校で、放射能汚染されているからといじめに遭っているとか、福島産の米は誰も買ってくれないから、店頭には置けないとか。今売っている米は、原発事故以前の去年収穫のものにもかかわらずです。耕すことを許されなくなった田畑を前に、農民は茫然と立ち尽くすしかありません。このような現実を前に、私達福島の人間は、心を痛めずにはいられませ ん。それは福島に住んでいる、県外に住んでいるにかかわらずです。

しかし、もしこの原発事故が福島でなく、福井だったり、浜岡だったり、青森だったり、他の原発から起こったとしたら、私達は立場を変えて風評加害者になっているかも知れないのです。放射能に対する恐怖心は、皮肉にも人間社会の人間関係をもずたずたにしてしまいました。しかも、原発に頼って成り立っていた私達の"豊かな"生活は、私達の心の中にみんな原発を飼っていたのです。その心の中の原発もメルトダウンしてしまったのが、今度の戦争です。

私達はFUKUSHIMA原発と戦うだけでなく、自分自身との戦いも始めなければならなくなったのです。FUKUSHIMAが日本に起こった未知の得体の知れない内戦なら、 それは私達自身にとっても自分との内なる戦い、"内戦"なのです。「原発いらない‼」とただ反原発を唱えるだけでは、解決のつかない複雑な問題が露出してしまいました。

だから、あえて、終戦記念日である8・15に「世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!」を行います。戦後、荒野になった新たな地平から、私達が築き上げた平和と繁栄、生活と文化はいったい何だったんだろうか?もう一度、一人一人が考え直すしかありません。それは二度目の"HIROSHIMA"を自らの手で起こしてしまった、私達の使命ではないでしょうか。

見えない敵との戦いでは否応なしに疑心暗鬼に振り回され、自分自身さえも傷つけるかもしれません。でも、福島の地から、今の福島が直面してる現実を、痛みを、怒りを、悔しさを、後悔を、不安を、 やり切れなさをぶちまけたいのです。そして、今一番危ない状況に置かれている子供達の為に、何をすればいいのか、どうすればいいのか、一緒に考えたいのです。

長い歴史の中で育んできた生活、大地、文化が根こそぎ奪われてしまった絶望的な"FUKUSHIMA"の未来に、希望の光を見い出せるのか、見えない敵から奪い返せるのか、と考えると暗澹たる気持ちにならざるを得ません。でも、"FUKUSHIMA"の未来は日本の未来です。そしてそれは 人類の未来であると言っても過言ではありません。日本の中の"FUKUSHIMA"は、世界の中の"NIPPON"な のです。

私達の未来が、不安と敵対との共存という負の連鎖から抜け出して、少しでも安らかな日常の未来を手にすることが出来るか、それは私達自身の手にかかっているのではないでしょうか。

"FUKUSHIMA"が希望の大地に生まれ変われるか、それは幻想の中の出来事になるかも知れません。でも、その幻想は生きて行くためにはとても大事な心の現実なのです。目に見えない敵との私達の新たな戦いが、そして自分自身との戦いが、フェスティバル(祭り)というかたちで始めなければならないのは、現実に対して表現するものがいかに非力であるかの皮肉かもしれません。でもその非力さを認め共有するところから、わずかな一歩でも前に踏み出せたらと夢見るのです。"FUKUSHIMA"の現実と真っ正面から向き合い、その現場から新たな文化を発信することが出来たら、私達の未来は"FUKUSHIMA!"という希望の一里塚を打ち立てることになるのです。

高村光太郎の『智恵子抄』で「安達太良山の上にある空が本当の空だ」と詠われたFUKUSHIMAの空は、見えない放射能に汚されても、変わらず青く輝いています。それがぼくの故郷です。

遠藤ミチロウ