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「納涼!盆踊り」大友良英より

 プロジェクトFUKUSHIMA!が2013年、総力をあげて挑むのが、な、な、なんと「盆踊り」です。例年ならプロジェクト代表として硬めの「宣言文」を書くところですが、なにぶん今年は「納涼!盆踊り」。いくらなんでも「納涼」するのに「宣言文」では野暮すぎます。もっと気楽に楽しく。とはいえ、僕らがやる盆踊りです。ただの盆踊りじゃありません。というわけで今年は、プロジェクトを代表した宣言文はやめにして、わたくし大友が「ええじゃないか音頭」の紹介文を書かせてもらいます。

 などと書いておきながら、わたし自身は、盆踊り、最初は全然乗り気じゃありませんでした。もともとフェスティバルFUKUSHIMA!は土地に縛られた祭りをやるのではなく、震災後の新しい状況の中で、そこに住んでいる人も、引っ越した人も、それどころかなんの縁もない人も一緒に楽しめるような祭りを考えていて、だから地元の祭りの色合いが濃い盆踊りはなんか違うような気がしたんです。でも、盆踊りを提案した遠藤ミチロウの考えは、もう少し違うものでした。彼は浪江から避難してきた人たちがやる、地元を失った人たちの盆踊りを見て心が動いた・・・そう言ってました。そうか、そういうことか。地元のある人、失った人、新しい地元を見つけた人、地元がどこなのか自分でもわからない人、そんないろんな人たちが、一緒に踊れるような盆踊りって出来ないもんかな?

 具体的に、盆踊りのアイディアが動き出したのは、建築家で福島在住のアサノコウタが「やぐら」がいくつも立つ盆踊りの案を出して来たときでした。中心がひとつじゃないって発想にまずは惚れ込みましたが、なにより複数の「やぐら」があるところで、いったいどんなリズムの盆踊りが生まれるんだろう、しかも、みなで楽器をもちよって、完全に生演奏でやったらどんなになるんだろう、そう考えただけでもうきうきしてきたんです。演奏も従来の伝統楽器に縛られず、どんな楽器も持ち寄り可。歌もその場でどんどん即興的につくりつつ、ときにはラップもとりまぜつつ、複数の「やぐら」から音を出し合って自分たちの盆踊りを作って行けたらすごい楽しそうだし、このやり方なら地元の人も、そうではない人も入って来れるし、いろいろな場所に持って行くことも出来るんじゃないか。そう思ったら、俄然、音頭を猛烈に作りたくなってきました。

 触発されたのはわたしだけではなかったようで、福島在住のメンバーや2011年のフェスティバルFUKUSHIMA!で大風呂敷を作ったメンバーたちが中心になって、自分たちでどんどん企画をすすめだしていて、いつもなら自分がみなを引っ張らねばなんて考えているのに、今年は引っ張られているのはわたしのほうです。

 こうして生まれたのが「ええじゃないか音頭」です。作曲、プロデュースはわたくし。歌詞と編曲はプロジェクトのみなで考えました。音頭は通常地元讃歌です。でも、あえて僕らはそこに、単なる讃歌ではないものを込めようと思います。幕末に大流行した「ええじゃないか」が単に楽しく踊るだけのものではなく当時の世相を反映した、言葉に出来ぬ庶民の叫びだったのを想像してみればわかりやすいかもしれません。震災後の言葉に出せないようないろんな事情もぐっと呑み込んだ人生讃歌。福島生まれの音頭が、どこの土地でも、どんな状況にでも通じるような、酸いも甘いも噛み分けた、シャレも風刺も効いた大人も子供も老人も楽しめる盆踊りになっていったら最高じゃないかな。しかもみんなで楽器を持ち寄って演奏し踊れる盆踊り。そんな大それたことを考えています。

 というわけで、「ええじゃないか音頭」は、最初の鋳型だと思ってください。これをもとに、替え歌をつくったり、独自の振り付けやアレンジをしたり、もちろんラップやブレイクダンス、サルサを踊るのだって大歓迎。来るものは拒まず、なんでもウェルカムです。「踊る阿呆に見る阿呆、おなじ阿呆なら踊らにゃ損」とは良く言ったもんです。踊るもよし、見るものよし、演奏で参加するもよし、楽器なんか出来なくても音の出るものを持ってくれば鍋でもやかんでも参加OKです。福島だけじゃなく、いろいろな土地に、いろいろな方法で、そんな新しい盆踊りが伝播していったら最高だなって夢を見てます。

 今年の夏は「ええじゃないか音頭」みんなで踊りましょう。
大友良英